- 大川原高原 冷たい風が吹く -
先日借りた「軍師官兵衛」は結構ボリュームがある。
一巻を読み終えて二巻目を読み始めるが気が付くと24時を越えていた。
その為か朝起きるともう8時近い。
夜半から大雨が降っていたが、もうスッカリ上がっている。
花も紅葉も終わっていると思うが大川原高原を散策することにすする。
 
ネイチャーセンターの先で通行止めに会う。
大型トレーラーが通行中らしい。
暫く待つと通行可となる。
大きな風車のブレードを積んだトレラーが、轆轤山の方に曲がったところだった。
お聞きすると、風車のブレードが調子悪いので交換するとか。
風車の維持も大変だなあ。
 
青空が少し見えているが冷たい風が強い。
車道脇のオオバヤシャブシなどの木々も、スッカリ葉を落として裸になっている。
 
ドウダンツツジを吹き抜けてくる風が冷たい。
展望台からは徳島市内が見えるが霞んでいる。
 
雲早山から奥の山は厚い雲に覆われている。
雪が降っているのだろうか。
天の岩戸別神社奥の院?にお詣りする。
この祠や石仏について知っておられる方がいればなあ。

アワノミツバツツジのトンネルを、落ち葉を踏みしめながら歩いて行く。
 
気温は5.4度。
何故か湿度が75%と高い。
 
旭ヶ丸の頂上のヤマボウシは、来年も白い花を咲かせてくれるのだろうか。
オンツツジの冬芽は随分と大きくなってきた。
 
旭ヶ丸からはオンツツジのトンネルとなる。
その先は、アセビのトンネル。

天岩戸別神社の石柱は、何時誰に依って立てられたのだろうか。
 
シロモジの冬芽がプックラとしてきた。
尖っているのが葉芽で、まん丸なのは花芽。
 
よほど美味しくないのか、まだガマズミの実が残っている。
中にはもう黒くなってきている実もあった。
 
雲早山方向が明るくなってきた気がする。
 
不動峠でまだ紅葉が残っている木はヤマナシかなあ。
 
不動峠のお不動様とお文の墓にお詣り。
昔、里山の峠越えでは山犬に襲われて亡くなった人が多かったようだ。
各地の民話に残っている。
その山犬が駆除されてから随分となる。
そのために鹿が多くなったという人がいる。
しかし、山犬が居なくなってから随分と経って鹿が激減する時期があった。
その為に鹿の保護のために、つい最近まで雌鹿の狩猟禁止をしていた。
鹿が増えて、狩猟禁止が解かれたのはつい最近だ。
このことから見ても、山犬が絶滅したのと鹿が増えたのとは直接の関係が薄いように思う。
オオカミを山に放せば、安心して山歩きができなくなってしまうと思う。
里の生活も脅かされるかもしれない。
・昭和22 年(1947 年): メスジカを狩猟鳥獣から除外
・昭和53 年(1978 年): オスジカの捕獲を1日1頭に制限
・平成6年 (1994 年): メスジカの狩猟を禁止(法第1条ノ5第3項の規定に基づく環境庁長官告示)
・平成8年(1996 年) : 宮崎県においてメスジカの狩猟禁止措置を解除(〃)
・平成9年(1997 年) : 栃木県、京都府及び大分県においてメスジカの狩猟禁止措置を解除(〃)
・平成10 年(1998 年) : 熊本県においてメスジカの狩猟禁止措置を解除(〃)
・平成11 年(1999 年) : 群馬県及び鹿児島県においてメスジカの狩猟禁止措置を解除(〃)
・平成12 年(2000 年) : 鳥獣法の改正により特定鳥獣保護管理計画制度を創設、これに伴い環境庁長官告示 により改めて全国にわたってメスジカの捕獲を禁止した上で、都道府県知事が特定鳥獣保護管理計画を作成することによりメスジカの狩猟禁止措置の解除(可猟化)が可能となるよう措置
・平成13年度(2001年) :徳島県でメスジカの狩猟禁止措置を解除(〃)狩猟を解禁 |
この資料を見ても戦後、雌鹿の狩猟禁止により鹿が急激に増えたと思われる。
 
高鉾山本峰に登る。
頂上のサルナシやヒメシャラの木も、葉を落としてスッカリ冬の気配。
 
頂上のベンチで昼食。
今日は新製品の鮨弁当。
税込みで500円足らず。
結構美味しい。
手軽にお寿司を食べることが出来て、便利になったなあと思う。
 
尾根を西に進んで高鉾山分岐まで行く。
モノレールはまだ此処まで来ていない。
 
高鉾山に向かう。
 
高鉾山頂上は刈り払われて、新しくベンチが出来ていた。
 
高鉾山は、今まで座るところがなかったが、コレでユックリ景色を楽しむながらお弁当を食べることも出来る。
ヤッホーさんありがとうございます。
 
ミヤマハンノキかな。
 
ノリウツギがドライフラワーになっている。
ちょっと大きめの赤い実はアオハダかな。

一軒茶屋まで帰ってくるが、今日は散策する人は少ないようだ。
少し運動できたので、気持ちもスッキリ。
帰ってから勘兵衛の続きを読もう。
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