- 彼岸桜満開のお雛さんの奥屋敷から慈眼寺 -
今週は、歴史セミナーの最終講座で高野山へ行ったりして山歩きができなかった。
気がつくとお彼岸入となっていて、明日がお彼岸の中日となっている。
本当に月日が立つのは早い。
そういえば今日は私の誕生日だ。
歳を取るのは嫌だが、誕生日は今まで元気に生きてこられたことを感謝する日かもしれない。
毎年この時期には、お雛さんの奥座敷の坂本から慈眼寺にお参りすることにしている。
2016年3月20日
彼岸桜や早咲きの春の花などが咲いているのが楽しみだ。
 
「ふれあいの里 さかもと」に駐車して出発。
旧坂本小学校の校庭横上には二宮尊徳像。
最近では見かけるのは珍しい。
八幡神社の石段を登って行く。
石段横にもお雛様。
 
石段にはキランソウが咲き始めている。
スミレも沢山咲いているが色が薄い。
 
尻尾が立派な狛犬。
 
坂本八幡神社にお詣り。
ふと見ると卍の紋がある。

奉納された神馬像にも卍の紋がある。
蜂須賀と何か関係あるのかな?
村史に依ると、豪族麻植氏の祈願所であったものを,慶長3(1598)年に松尾・黄檗の両村氏が現在地に移したとある。
蜂須賀の名前は出てこない。

勝占神社の卍の神紋
調べてみると、徳島市勝占町(旧勝浦町)の勝占神社の神紋も卍らしい。
1000年以上前から使われているらしいので蜂須賀とは関係ないようだ。
同じ勝浦郡にあった古い神社に同じ卍紋が使われているのは興味深い。
卍は、和と天皇を表すとも言われている。
長の国との関わりがあるのだろうか。
 
・七社七鳥居参り(ななしゃななとりいまいり)・
古くより春秋社日(春分・秋分の日に最も近い戊の日)に,川を渡らずに7つの石の鳥居をくぐり,7つの御社(三島社・蛭子社・八坂社・八幡社・若宮社・地神社・秋葉社)を参拝すると,中風にならないという言い伝えがある。
この神社はこの条件を満たすことのできるまれな神社だ。
「坂本七福会」が中心となって接待などもしているそうだ。
また,この日は地神さんの日として供え物をまつり,春には豊作を祈り,秋には収穫を感謝する。
今年の春の社日は3月22日。
 
境内には八幡宮を始めとして、八坂神社や三島神社等の七社が祀られている。
 
地神塔も祀られている。
 
蛭子神社も祀られている。
この神社は最初は稼勢山頂上に祀られていて、ある時大雨が止むように祈ったが効き目がないと勝浦川に流された。
その恵比寿様を徳島市内の蛭子神社に祀ると、商売繁盛に大いにご利益があった。
その為またこの地に返してもらって、この八幡神社に祀られているとの事だ。
 
神社から歩くと、坂本おひな街道。
沢山の可愛いお雛様が飾られている。
大根のお雛様も健在。
 
毎年このように飾り付けをするのは大変だろうなあと思う。
 
帰りにユックリと楽しむことにして、散髪屋さんの前から山道に入る。
 
取り付きの作業道は結構キツイ。
登りきると車道に出る。
桜が満開。
彼岸桜だろうか。
 
道端にはタチツボスミレやムラサキケマンがびっしりと咲いている。
 
去年はお留守だった農家には車が止まっていて、お婆ちゃんが畑仕事中。
此処からは稼勢山が正面に見える。
少しお話をしてから先に進む。
 
庭先から道端にはサクラソウが満開。
 
彼岸桜が満開。
 
ちょっと淡い色の桜も咲いている。
途中から山道に入る。
 
シャガの花が咲いている。
今年はじめての出会いだ。
 
壊れた丁石がある。
お地蔵様も祀られている。
 
他にも壊れた丁石。
 
レンゲやオオイヌノフグリも今が盛りと咲いている。
 
カンサイタンポポも沢山咲いている。
徳島はまだ山間部では、セイヨウタンポポよりニホンタンポポが多い。
 
遍路墓だろうか?
タチツボスミレが群衆しているが何故か色が薄い。
もう終わりかけなんだろうか。
 
白梅が満開。
例年ならもう花が終わっている時期なんだけれど、今年はやはり木の花が遅いようだ。
 
ムラサキサギゴケも咲き始めている。
 
車道からまた遍路道に入ると遍路小屋がある。
 
今年もミカンが置かれている。
 
人手で削られたような大岩を通る。
 
この辺には古い石垣が残り、昔は畑が耕されていたようだ。
 
石灰岩の大岩が多くなる。
 
車道に出る。
此処から慈眼寺までは車道歩き。
 
もうテングチョウが飛び回っている。
二年前には大発生したが今年も大発生するのかな。
 
シロバナショウジョウバカマが沢山咲いている。
この可愛い花も、今年はじめての出会い。
もう少しすると、大川原高原などにも沢山咲くことだろう。
 
ヤマルリソウも沢山咲き始めている。
この花も今年はじめての出会い。
 
宇宙戦艦ヤマトが飛び立つような大岩がある。
 
石灰岩の奇岩。
 
去年は咲き始めていた桜はまだ固い蕾。
シキミの花が満開。
 
慈眼寺に到着。
四国別格二十霊場第三番。

弘法大師様にお参り。
此処は慈眼寺本坊で本堂ではない。
先着のご夫婦が穴禅定に入ると言う。
私も勧められたが試し柱を通ることが出来ない。
以前は丸い幅28センチ二本の柱だったが、一昨年ツッカエて出られなくなった女性が居て、レスキュウまで出て大変だったらしい。
その後幅27センチに縮められしかも柱ではなくて50センチ位の幅の石の板になっている。
試しに通ろうとしたが、胸の骨がツカエて体半分も入ることが出来ない。
やはりコレでは駄目だと諦める。
 
穴禅師用に向かうお二人の後ろから本堂に向かう。
去年はもう終わりかけていた桜が、今年は満開。
 
カンヒザクラも丁度見頃。
 
ヒオドシチョウがヒラヒラと飛んできて目の前に留まった。
越冬した蝶だろうか羽が傷んでいる。
この道も傾斜があり結構キツイ。
 
大きなお太師さんの石像前から見た上勝の山は霞んでいる。
 
セントウソウが咲き始めている。

脹脛が張ってくる頃本堂に到着。
 
本堂には弘法大師が刻んだという十一面観音様が祀られている。
念仏を唱えながら三回時計回りに回る。
何か良いことあるかな。
 
慈眼寺から降りていく。
道端には侵食された石灰岩が多い。
この黄色い花はミツバツチグリだろうか。
年配の登山者が大勢登ってきた。
女性からホームページ見ていますよとお声がけ戴く。
ありがとうございます。
私達と同じく坂本から登ってこられたそうだ。
その後歩き遍路さんたちも続々登ってくる。
 
クサイチゴも沢山咲いている。
配所のお地蔵さん。
勝浦の坂本と上勝から登ってきた道の交わるところに建っている。
 
八重の白い桜が咲いている。
自転車の人達が次々と登ってくる。
涼しい顔で登ってくる人と苦しみ喘ぎながら漕いでくる人もいる。
また車も多い。
他県ナンバーの車が次々と登ってくる。
慈眼寺は八十八ケ寺でもないのに人気があるのだなあ。
 
灌頂ヶ滝に着く。
 
灌頂ヶ滝は水量が少ない。
上の方に霧のように散り落ちている。
 
不動明王の前のベンチで桜を見ながら昼食。
食後の珈琲を飲んでいると、滝の飛沫が風に飛んで顔に当たる。
 
食後上勝方向に下って行く。
寒緋桜の向こうにハウルの動く城のようなモニュメント。
 
雄滝と雌滝。
 
上勝へ下る道から坂本へと向かう道に曲がる。
 
去年満開だった桜はまだ蕾。
 
梅がまだ満開。
 
去年はきれいに咲いていたハクモクレンも硬い蕾。
トサミズキはきれいに咲いていた。
 
マンサクもきれいに咲いている。
 
ひたすら登っていくと朝の遍路道分岐に着く。
 
キワダへの山道を下る。
 
地神塔のある大山祗神社に着く。
 
河野越智家の○豊権現も一緒に祀られている。
河野越智家といえば大三島で大山祗神社を祀っている水軍の長だ。
何故徳島の山深いところに祀られているのだろうか。
河野氏の家紋「折敷に三文字」も書かれている。

薄くてよく読めないが、大三島の河野越智家が勝浦の黄檗(キワダ)中に来て直系78代と書いてあるように見える。
河野姓は徳島では12番目に多い姓で、伊予越智氏流と言われている。
徳島では「かわの」と読み、伊予国の本家と区別したとか。
 
キンカンがタワワに実を付けている。
変わった蕾。
 
フライパンで作った看板。
今年も四国大学の書道展が開かれていた。
 
何年も前から変わらないオート三輪の小屋。
 
坂を下って森本家に寄る。
 
何時もながら意匠を凝らしたお雛様。
 
お雛様だけではなくて紙粘土で作った昔の家族の人形もある。
 
お婆ちゃんの時代の徳島の様子がよく表されている。

おばあちゃんたちの横に寝ている赤ん坊が可愛い。

縁側に座ってユックリと雰囲気を楽しむ。
 
中庭では出張カフェが開かれていた。
 
駐車場に向かうと彼岸桜が満開。
去年は大半が散っていたのだが。
 
またおひな街道のお雛様を楽しみながら駐車場に帰る。
今年も春爛漫の勝浦の里歩きを楽しむことが出来た。
大川原や竜王山に春の花たちが咲き乱れるのももうすぐだ。
楽しみだなあ。
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